東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)134号 判決
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
一 本件における事実上の唯一の争点が、原出願の願書に添付した当初の明細書に、本願発明の方法が、当業者がその発明を正確に理解し、かつ、容易に実施することをうる程度に当該発明の態様が記載されているといえるかどうかにあることは、本件における当事者双方の主張、とくに原告が本件審決を取り消すべき事由として主張するところに徴し明らかなところである。よつて、この点につき審究するに、原告の主張するように、本願出願をもつて原出願の適法な分割出願であるといいうるためには、本願発明の要旨のすべてが原出願の願書に添付した当初の明細書に、当業者がその発明を正確に理解し、かつ、容易に実施しうべき程度に記載されていなければならないものと解するを相当とするところ、該明細書には、ポリカルボネートの具体的製法の記載を欠くことは原告の自認するところであるから、該明細書には本願発明が当業者の正確に理解し、かつ、容易に実施しうる程度に記載されたものとすることはできないとした本件審決の認定は正当であり、これを誤りとすることはできない。原告は、ポリカルボネートの製法において「常法で」といえば、その主張のような周知慣用の技術内容をいうものであることは当業者の容易に理解しうるところであるから、常法で反応させるという具体的技術手段の記載が欠けていても、なお本件審決の認定は誤りである旨主張するが、原出願に添付した当初の明細書に、本願発明のポリカルボネートの製法として、ジーモノオキシアリルーアルカンを常法でホスゲンと反応させることについての具体的記載を欠くこと、その自認するとおりであるところ、本願発明の目的物質が新規な物質である(この点は、弁論の全趣旨に徴し、明らかなところである。)ことに徴すれば、原告主張の周知慣用の技術内容の存在を考慮に容れても、なお、本願出願当時本願発明において出発物質(ジーモノオキシアリルーアルカン)から目的物質を得るための具体的方法につき、周知慣用の技術手段があつたことはもとより、原告主張の周知慣用の技術手段から、当業者が本願発明の技術手段を容易に認識しうるものとは到底認め難いものというべく(成立に争いのない甲第三十四号証(鑑定書)記載の見解は、叙上認定とは異なるものであるが、右見解は上叙説示したところに照らし、にわかに左袒し難く、その他上記認定を左右するに足る証拠はない。)、したがつて、原出願の当初の明細書に本願発明の要旨とする技術事項のすべてが、当業者の正確に理解し、かつ、容易に実施しうる程度に記載されていたものとはいいがたいから、原告の前示主張は、とうてい採用することはできない。
(むすび)
二 叙上のとおりであるから、その主張の点において認定を誤つたことを前提として本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願発明の要旨
ジーモノオキシアリルーアルカンを常法でホスゲンと反応させることを特徴とする有機溶剤に可溶でフイルムや繊維を形成する熱可塑性線状高分子ポリカルボネートの製法。
本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、昭和三十年特許願第一七、九〇四号出願(以下「原出願」という。)の当初の明細書には、本願発明に関する記載として(1)ジーモノオキシアリルーアルカン類、ことに4―4´―ジモノオキシアリルーアルカン類よりのポリカルボネート、(2)これらの高分子ポリカルボネートは、相当するジーモノオキシアリルーアルカン類をホスゲンと反応することにより、有利に製造することができ、適当なポリカルボネートは、たとえば次のジーモノオキシアリルーアルカン類を使用して得られ、(3)4―4´―ジオキシジフエニルージメチルメタンとホスゲンとの反応によつて作つたK価七五の高分子ポリカルボネートとの記載があるのみであつて、ジーモノオキシアリルーアルカンとホスゲンとを如何なる条件によつて製造するか等の実施の態様については何ら記載されてないから、本願発明は、原出願の当初の明細書に発明と認めうる程度に記載されていなかつたものといわざるをえないから、本願出願は原出願の分割出願と認めることはできず、したがつて、本願発明の出願日は、原出願の出願日にさかのぼることなく、その現実の出願日である昭和三十三年七月七日であるが、本願発明は、その出願日以前公知である英国特許第七七二、六二七号明細書に容易に実施しうる程度に記載されていることは明らかである。したがつて、本願発明は、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第四条第二号の規定により同法第一条に規定する特許要件を具備しないものである。